UCさんも信者のみなさんも大変ですね(はあと)
とか書きたくなるような昨今。
公金問題からアダム・エバ問題からグダグダ。信者の皆さんも、いままでなら「それでもご父母様が」と言って歯を食いしばって耐えてきたのでしょうが、もはやその「お父様」もこの世にはいません。
お父様とやらがご存命中であってすら、「お父様が夢に出てきて」云々で、意味不明な霊的運動を先導しようとした人だって数多かったのですよ。
これから、いくら「お母様」が清平こそ唯一の霊的な中心地だ」と言ったって、通用するはずない。
ご子女様を中心に?
3番目とか4番目、7番目誰についていってみたら正しい選択なのか、確信を持って応えられる人はいるでしょうか?
お父様がご指名したのは7男だと言い張る人もいるでしょうが、そんなもの守れると誰が約束できるのでしょう?
霊感商法はお父様は指示したのでしたか、しなかったのですか?
きちんと明かして伝道しろと言ったのでしょうか、言わなかったのでしょうか?
それらの指示は現場の末端に至るまで、きちんと守られていますか?
いつどこで、どんなUCの人の活動をみても、そのお父様とやらの指示が守られているのなら、今後もお父様の指示を墨守していけるのかもしれませんけども。
こんな質問、聞くだけ野暮でしょっていうぐらいなものではございませんか。
さて。こんな折も折、アメリカを震源地としておきた事件について、「その人がどうであろうと、私と神様の関係には何も問題がない」とか「人を裁くな」とか、全くもって意味不明な理由で自分を押し込め、なんとか信仰を保とうとしている人たちがいらっしゃるようです。
いやいや。
その人の信仰の姿勢とか、誰かを裁くとかそういう問題ではないのですよ。
ちょっとたとえ話をしましょうか。
交通違反を取り締まる警察官が、飲酒運転で事故を起こしたのが発覚したら、警察全体の信頼がなくなり、交通違反の取締りだけでなく、他の警察の公務にも影響を及ぼしたりしませんか?
だからそういう時は、警察としてきっちりとしたけじめをとらないといけないわけですよ。
「飲酒運転で事故を起こした警察官は、それまで熱心に交通違反の取締りを行い、市民からの信頼もあついが健康上の問題で辞職することになりました」などと発表したら、市民は納得するでしょうか?
自分の町から1000kmも離れた、よく知らないどこかの誰かが「酔っ払い運転で事故を起こしたんだって」とか、「ダブル不倫で子どもができたらしいよ」、なんていうツイッター投稿じゃないんだからさ。
そんなツイッターがあって、それを読んだ信者が「なんていう奴だ。ダブル不倫で子どもを生むとは許せん。天法に違反する重大犯罪だ」とか言うのは愚かだと思うし、そういう愚かな発言をする信者に対しては「あなたとは無関係なので、むしろ自分の姿勢をこそ正しましょう」とか「人を裁くな」という発言は意味がある。
で、今回の場合はそういうどうでも良い、どこかの誰かの起こした事故や不倫とは明らかに違うでしょう。
創始者の子どもであり、かつUC全体の指導をするべき立場にいるひとが起こした、本来UC信者が「絶対に犯してはいけない」問題です。
それを「裁くな」とか「自分と神様の関係をこそ見つめるべき」とか、どう考えても違うよね。
ああ、ちょっとだけこの発言には注意が必要かな。
私はやめた人間なんで、その人を裁くつもりもないし、それこそ私にとってはどうでも良い問題です。
多分、現役信者でいたとしても、個人的にはどうでも良い。
ただし、UCという組織、団体として、この問題についてはどういうけじめをとるのかという事はとても大事です。
なぜなら・・・
もし私が現役信者だったとしたら、この問題にけじめをとらないなら、今後UCの教義を世の中に延べ伝えていくことはできなくなるから。
やめた元信者の立場では、「UCは、結局、自分達なら解決できると豪語してきた問題を解決できないことが明らかになった」ということを改めて確認できるから。
言っておきますが、これはUCにとってはとても痛い事件ですよ。
私は無関係ですけど、反対活動家は大いに利用するでしょうね。
「UCの教祖の娘だってこんな状況なのに、結局、UCは原罪清算なんかできない。あなたが祝福を受けても理想家庭の実現どころか、そもそも原罪清算がされていない証拠だ。そんな信仰を続ける理由がどこにある」と言われて、言い返せる信者はいないと思いますよ。
ブログでは、「それでも真のご父母様はまわっている」いや間違った「それでも真のご父母様はメシアだ」とか言う人はいますがね。
そうでない証拠の方が多すぎるぐらいになってきていますからね。
どの道、UC信者のだれも教祖の娘を裁くことなんかできないだろうから、けじめなんかとることはできない。
虚勢なんか張らずに、素直に認めておしまいになれば、もっと楽になるのに、と申し上げておきます。