KIB: kurogane in black

Yahoo!ブログ閉鎖に伴い移動しました。

意味不明っていうか、よく恥ずかしくないな。こんなので

うーむ。やたらと気合が入っているけれども、何が言いたいのか良く分からないブログもあるんですよね。統一教会ブログ村


たとえばこれ。


M&mのブログ 真の父母様に対する絶対なる確信

最初は1世の話かと思うと、途中で2世の話になってるし。


あれか?


われわれ1世ですら、文鮮明に絶対的な確信を持っている。

いやんや2世においては、1世以上に文鮮明に対する確信を持ってくれ、ということか?


で、そこがずれた人(顕進氏)はダメだと、こう言いたいのかな。


・・・・


おめでたいですね。


そんな、子供達が自分以上であることを望むのはUCの人たちの専売特許じゃあない。


アダムとエバ以来、ほぼすべての人類がそう願ってきたといってもよいのではないか?


問題はそれが簡単ではないことな訳ですよ。



このブログの管理人みたいに、「私たちが望むこと、それは」なんて、ただ願っていれば勝手に成就するものでもないでしょ。


問題はどうやって、そのような2世を育てていくかという事ではないのでしょうか?

そういう事も含めて、神様が天地創造このかた胸の奥に秘めてこられた真理があって、はじめて、そういう教育が実現していたはずだったのではないの?

UCではこの世の人たちが腰を抜かして驚くような子供達 ― 頭が良いとかスポーツに優れるとか、そんな外面的なことではなくて、人格において優れ、これぞ神様の子と、誰もが認めざるを得ないような、そんな立派な人たちが雨後の筍のように輩出されてきて、しかもみんながお互いを認めあい、支えあう、信じがたい集団ができあがっていたなら、UCなんてほうっておいたって人が増えて仕方なかったんでしょうけどね。



「私たちが望むこと、それは、御父母様を愛し、慕う心情において私よりも遥かに強いことではないか。」という願いもむなしく、地軸は捻じ曲がり、太陽は輝くことをやめ、星は空から落ち・・・


という状況で、なんだか気合だけ入れられたって。。。



っていうかさ、1世がどれほど真のご父母様への確信が強かったといったって、どうして2世がそれ以上の確信を持っているなどという事が可能なのか私にはさっぱり分からないのですけどね。



獲得形質は遺伝しないというダーウィニズムを持ち出すまでもなく、親の決意が子供にはさらに強まっているなんて、いったいどこの仮想空間ゲームの話?




誰だって子どもが自分より良くなることを願いつつも、なかなかそれが実現しない。

そして、親の願いが子どもに実現しないことを嘆くだけなら、堕落人間だってできているんですよ。



堕落人間にもできることを同じレベルでやっていながら、自分達にもできないことを他人がやらないといって裁きまくる神の子。



うん。素晴らしいブラックジョークですな。



本当に、本心から言うのですが、こんな状況を公衆の面前にさらしておいて、恥ずかしいと思うことはないのでしょうか?