KIB: kurogane in black

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ナツミカンさん、せめてこれぐらいは言い返しておいてよ。

昨日投稿した「泥沼の統一教会(分派も含めて)」で批判した記事、米本さんの、悲しい話である-徳野はなぜ韓国人幹部のポチになったのか。 という記事のコメント欄に、ナツミカンさんがほぼ私と同じような意見を書き込んだ。

つまりは韓国から見たら日本統一教会なんぞ奴隷で、それは最初からそうだった、というような趣旨だ。

これに対して、米本さんはナツミカンさんの書き込みはフェイクニュースで、その証拠として日本統一教会の初期には久保木修己氏が立正佼成会から50名ほどを引き連れて統一教会に入信したことなどを上げ、当初から日本を奴隷扱いしようとしていたのではない、といった内容でコメントしている。

うむ。

これは、統一教会においては教義の上でも日本は奴隷であるとする立場の私からすれば、火の粉が掛かってきたようなものなので、せめて消極的にでも振り払っておかねばなるまい。

残念なことに、私もこの統一教会の初期の開拓伝道時や久保木修己氏の時代はまだ統一教会の存在も知らなかったし、というか生まれてすらいないので自分の体験で語るわけにはいかない。しかしながら、統一教会に入ってから、見聞きしたこと、あるいは今も資料としてネットで公開されていることをつなぎ合わせて反論することができると考えている。


久保木修己氏の来歴および世界基督教統一神霊協会の年表から少し抜き出してみよう。


1959年:統一教会が日本に宣教師・西川勝を送り込んで開拓伝道開始(西川氏の開拓伝道は1965年まで)

1962年:久保木修己氏が立正佼成会を去り、統一教会に入教。
    立正佼成会庭野日敬会長(当時)の指示で
    統一教会の教えを学んでいた青年部50名ほどが
    統一教会統一協会)に入教した。

1964年:久保木修己氏が日本統一教会の初代会長就任

1981年:『原理講論』原文にあり、日本共産党から
      韓国中心主義として批判された箇所を
      日本語版にも追加掲載。

これだけ見てもらえばわかるとおり、米本さんが書いた久保木氏が立正佼成会から50名も引き連れて統一教会に入信したときは西川先生の指導下にあった。

そして、原理講論原文に記載されていた韓国記載中心主義の記載が日本語版にも追記されたのは、なんと久保木氏が入教してから19年後の1981年だ。

久保木氏が、入教当初から韓国人中心主義であることを知った上で信者になったのかどうか、入信して西川先生の薫陶をたっぷりと受けた上で、韓国中心主義を受け入れたのか、今となってはすでに確認のしようもない。

しかしながら、この年表を見ているだけでも、統一教会側では韓国中心主義は隠して日本での伝道をしていたことは明らかだろう。

 

当時の日本の雰囲気として韓国中心主義をうたえば伝道できなかったからとか、反発が強かったとかいう社会的な状況を踏まえたからだ、といった説明があるかもしれない。

しかしながら、それはあくまでも日本側の事情でしかない。韓国が韓国中心主義&日本奴隷主義を持っていたことを否定することになっていないだろう。

共産党さんの活躍のおかげで(笑)、それまで日本語版では隠蔽されていたが、原理講論には最初から韓国中心主義が明確に刻まれており、かつ日本はサタンの国と定義されていた。

最初から明確に日本人奴隷化意識を持っていたかどうかは、さすがに文鮮明が生きていてもそのようには答えないだろう。

しかし、現実的な問題として、韓国人幹部が日本人信者に対してどのような指示・命令・行動をしているのかを見れば、統一教会の教義自体に韓国優位主義=日本人奴隷主義が組み込まれているのは明らかだと思うが。

それに西川先生は、私は直接には知らないのだけれども、今の統一教会のやり方には反対して、教会を去ったのではなかったのでしたっけね?

であれば、西川先生は純粋に、万民平等、神の愛に結ばれた兄弟姉妹を信じてそれを実践しようとし、そのために韓国中心主義な面を出さなかった可能性があり、その後、文鮮明が日本奴隷主義に基づく方針と相容れずに教会を去ったこととも矛盾はないと考えるが。

こんな程度のことで、統一教会が韓国中心主義などというのはフェイクだなどと言うのは、根拠が薄いと思いますけれどもね。私個人的には。

話しが少し変るが、米本さんが、「我らの不快な隣人」を出版したのは2008年6月らしい。もうあと1ヶ月で丸10年になる。

何の因果か知らないが、その間、特に他のテーマの取材をするでもなく、なぜだか腐れ縁のように統一教会問題にずっと取り組んでこられた。

まずは、本当に心底、お疲れ様でございますと申し上げたい。

これだけの期間、統一教会関係者(現役信者、元信者、弁護士などありとあらゆる人たち)にインタビューし、ブログでやりとりをくり返し、ブログで新書版なら何冊分にも及ぶ記事を書いてきたのだ。

そして、その結果として、統一教会信者への拉致監禁が激減したことは疑いようもない。

しかしながら、それでも、このように統一教会の事が本当にわかっているとは言いがたい。

であれば、ナツミカンさんのような元信者が、統一教会の頚木から開放されたからと言って直ちに常識と理性を備えた素晴らしい一般人になれなかったとしても、仕方ないことともいえるのではないだろうか?

そして、このことはとても重要な問題を一つ提示することにもなる。

統一教会が、分派も含めてこのままさらにグダグダになって行き着くところまで行き、もうどうしようもなくなって初めて統一教会(およびその分派)を辞めた人が出てきたら、今のナツミカンさんなんか問題にならないほど、エキセントリックな人たちが社会に放出されるということになる。

米本さんには、その時になって巻き込まれないように、さっさと足を洗っておいたほうが良いのではないでしょうかと、心の底から思います。そうなったときに、今までダメダメだったアベルの代わりを求めて、「我らが僕が進むべき道をお示しください、米本さま!」とかになる前に。

ところで、ナツミカンさんもあんな延髄反射な反応コメントを返すのではなく、ちょっとは落ち着いて米本さんのコメントの問題点を考えてからレスポンスを返せばよいのにと思う。

統一教会では、文鮮明氏ご健在なりし頃、原理講論は書き換えてはならないとお父様が言われているので、原理講論のおかしな記述もそのまま残してあるとか言っていたが、何のことはない。日本語バージョンを作成する時に、とても重要な部分は隠蔽していたのだ。

ナツミカンさんは、書き換えがあったことは知っていたとしたら、辞めてからしばらくたつうちに記憶が書き換えられてしまっていたのだろうか?


記憶の書き換えで思い出したアニメ、コブラ
彼は昔は海賊だったが、顔を整形して記憶を書き換えていたんだよなー。