KIB: kurogane in black

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かみ合わない会話

米本さんの記事にサンクチュアリー所属なのか良くわからないけれども、在米の信者がコメントしたのが、議論を巻き起こしたようだ。

「サ教王」の激しい妄想
goutさんの投稿で、「文家の息子」の説教におかしな点が多いことを指摘したのを米本さんが取り上げたら、先駆者さんが、息子の発言の裏づけがあるといって動画などをリンクしたことで勃発した。

管理人の米本さんが、先駆者さんにこれ以上はコメントするなといわれたということで、ご自分のブログに投稿されました。



なんというか。先駆者さんの発言は典型的だよな。もう「これぞ統一食口」という感じ。ひたむきだけれどもかみ合わない。米本さんが、もうコメントするなというのも、この辺りに原因があるんだけれども。

信者としては自分が信じるものを守り、正統性を主張し、指導者の発言を尊重したいという気持ちは良くわかる。

その上で、先駆者さんの意図としては、あくまでgoutさんが書いた発言に対して、BBCの放送の可能性であったり、悪魔崇拝者が権力者の中にいるということを指摘したいというだけなのかもしれない。

また、ちょうどというべきか、アメリカでジェフリー・エプスタインという富豪投資家が未成年に対する虐待(というか暴行)で逮捕され収監されている間に獄内で自殺し、さらにその交友関係が大統領をはじめとした著名人に広がっていることで大騒ぎになってはいる。


うーん。なんていったらよいのかな。

仮に100万歩譲って、あれがBBCの放送だったらどうなの?

あるいは、たとえばあれはアメリカの番組で、単に起用したインタビュアーがイギリス人であり、息子殿がイギリス人の発音に引っ張られてBBCと言い間違っただけだとしたら、あの息子殿の演説というか説教には意味があるのか?ということなんだけれども。

もし、この疑問に対する回答が「イエス」というなら、じゃあ教えてもらいたい。


「それでサンクチュアリーを信じたら、それらの問題は解決されるのか?」



サンクチュアリーに限らず、世界平和家庭連合も、もう一個も、あるいはありとあらゆる統一教会から派生してできたような団体のどの信者も、ほぼ同様の課題がある。

すなわち、自分たちの活動はすべて、その宗教団体を設立した目的を達成するためのものになっているはず。

だが、実際にはどこかから拾ってきたようなこの世の問題を挙げて「この世はサタンだ!だから自分達の教義を信じ、教祖を信じて救われなければならない!」とのたまうだけで、なぜ自分達の団体の教義を信じれば救いがもたらされ、それらの問題が解決できるのか説明ができない。


この世が問題だらけなのは誰もが知っている。

仮にも神の子としてこの世を救うなどと言い出すのなら、どうやってその問題が解決可能なのか、どうやってそれを実現するのか?を説明するのは最低限の義務だと思いますけどね。

統一教会統一教会であったときには、それなりのことを言っていたが、実際に文家を見る限り、神さまが文鮮明と交わした約束はあったのかすら怪しいし、勝利したメシアが霊界を激しく動員して地上天国実現に向けて働いておられるというのもほぼないだろう。

韓鶴子の動きを見れば、とても霊界にいる文鮮明と会話しながらやっているとは思えないのは誰の目にも明らかでしょう。

本当に救い主たる夫を愛し、敬慕し、また実際に霊通して文鮮明と会話しているなら、「昨日はアボジとこんな会話をしました。今こそ、地上天国を実現するため、こんなことをやりましょう!」になるだろうよ。

独生女理論なんか持ち出した時点で、今までの説明も統一原理もみ言も嘘だったことを自白したようなもの。

それが明らかになった今頃、息子達がただの血統を頼りに好き勝手なことを発言しても駄目なんだって。

どうしてもそれがやりたいなら、自分達の教義でなぜ神さまとの約束で救いを受けることになるのか、あるいは神さまが願っておられた地上天国の実現につながるのかきちんと説明ができないといけませんよね?

でもそれができないなら、その時点でアウト。


こんなところでいきなり「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、まだ見ていない事実を確認すること」などと聖書を持ち出しても駄目駄目。

また、こんな発言をすると、「それならあなたはこの世の問題をどう解決するのですか?私達の教義以上に素晴らしい理論が提示できるのですか?」とか言い出す。


悪いけど、その論理展開は全くもって無意味なんだよね。


統一教会やそこから派生したありとあらゆる団体の教義や教団の行ないが正しいか?
これについては、ほぼ「教義は正しくないし、救いももたらせない」ことは明らかになった。というか、教組以下、幹部を含めて信者の皆さんがそれを証明してしまった。
その事がわかっただけ。

厖大な数の人生やら金銭、資産を犠牲にして得た結論ですけどね。


それに対して、信者以外の人たちが、「正しくない教義や教団以上のものを出す」義務も責任もないですよね?

別にこの世は、統一教会が正しいか間違っているか賭けをしたわけじゃない。

信者の皆さんは「統一教会が正しいこと」に人生を賭けてしまったのだろうけれども、世の中の人をその賭けに巻き込まないでくれませんか?

この辺、自分たちのものの見方で相手も見ているはず!と思い込んでいるあたりが、もうなんとも韓国のいまの姿勢と同じで、付き合ってられんと思うわけですよ。

教団の無責任な姿勢も、信者達のひたむきにずれている姿勢も。

とは言え、教団本部はその人生を賭けさせてしまった信者の人生には責任を持つべきだと思いますけどね。


ということで、たまたま耳にしたすれ違いを歌った歌をリンクしておくことにしよう。



あと、最後に一つだけ言っておくと、『「火の粉を払え」にコメントされたヨシホさんへ』とあるけど、たぶん、『「火の粉を払え」にコメントされたオシホさんへ』が正しいんだと思いますけどね。

別にその間違いがあったら何だ、っていう話ですが、BBCの可能性もあるとか弁護するなら、コメント相手の名前ぐらいちゃんと書くべきではないでしょうか?

BBCが言い間違えであることを、自らも名前を書き間違えることで、サンクチュアリーの創始者への忠誠を表明しておられるのなら何も言いませんが。