KIB: kurogane in black

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それは違うと思うけど

ミセス・キムの所に、在米食口のyasuという人がコメントしている。

<引用開始>
その話と言うのは、『会社でがんばっているメンバーの事を、自分としては止めて欲しいのだけれども、いくら言っても止めてくれない。又実績が出るのはいいけれどもメシアにどう報告しようかと思うのだけれども、
メシアから呼ばれて報告をするのに、そのまま報告すればメシアは当然、気持ちよく受け入れられるとは思えない。
しかし、がんばっているメンバーを裏切る事が出来ないのだよね。』
(中略)
ですが、古田先輩の霊感商法につてどれほど、心配し悩んでおられたかは、関係なく無理やりやらされたように書きまくっているのは本当に気分が悪かったです。
<引用終了>


どれほど悩もうと、またメンバーがどれほど頑張っていて実績が出ようとも、間違ったことをしているのは正すべきでしょう。

メシアのために頑張っているから、メシアに報告したら喜ばれたので、とかいう理由で正すべきを正さなかった結果、今の状況になっているとすればそれは誰の責任なのか?

まずは部下を正しく指導しなかった古田氏に責任があり、それほど驚くべき実績を奇跡のように上げることについて、実際どのようにしているのか把握せず、放置してしまったメシアに最終責任がある。


これは君たち食口がどのように言い訳しようとも通用しないです。


「責任を持つ」とはそういう事。


それを、メンバーが苦労しているから、とかメシアが喜ばれるので、とか、古田コマンダーは悩んでいたからという事で免責されるわけがないでしょうが。




たとえ古田コマンダーが悩んでいようが、その時にとめなかったことについては、弁解の余地がありません。

yasuとか言う人の気分が悪いとかも関係ない。

悪いことは悪いこと。正さなかった責任者の責任です。



こんな簡単なことが分かっていないから、「古田氏が悩んでいたことも知らずに云々」とか書いてしまうんだろうけどもさ。

それって、自ら正すべき責任があったけどもそのことを放棄してきたという事を暴露してしまってるっていうことは分かっているのかな?




もう一つある。

<引用開始>
ミセスキムにとっては、古田先輩の自慢話ですが、私が感じたのは、メシアは人類の親であり全ての人びとを何らかの形で愛をあげたい、
その人類の代表が古田先輩に過ぎないのであって。自分もあのように愛して下さるのかな。
と思えるのですが、ミセスキムは自分は人類の代表ではなく単なる一個人としてメシアに会ってこられたのでしょうか。
メシアと人類の代表としての自分としての関係は築けなかったのでしょうか。
今の日本では、こんな意見を書けば多くの方が批判される事は想像出来ます。
しかし、隠す事は何も有りません、事実の話です。
<引用終了>


信者としてそのように考えることについて干渉するつもりは全くありませんが、「事実の話です」といわれると、違いますよね。

事実なんて、どこに書かれていますか?


文鮮明が古田氏や一人ひとりの信者に対してどのように思っているかなんていうのは、心の中をのぞけないのだから本当のところは知りようがありません。
(というかそもそもメシアであるということすら、信者を除いた世の中の認識として、証明されたわけではないですからね)

また、文鮮明に会った人が、「人類の代表として会う」というのもその人が思い込んでいるだけでしょう。
人類の誰も、その人に「代表として」会うようには付託なんかしていないんだし。

「どこまでも主観の話」というのなら分かる。


しかし事実というからには、具体的に証明できるような何かがあってしかるべきですが、この人の書いた内容でそれを確認できるような内容は何もありません。


どこが事実なのでしょうか?



こんな文章を平気で書いてしまうから、食口が「事実です。信じてください」とか言っても、信用できなくなっていくわけで。


UCが世の中から受け入れられなくしているのは、反対派でも牧師でもなく、君たち食口自身なのだということを、もっと正確に認識した方が良いと思いますが。




ま、それができるんならこんな文章を書いたりしていないでしょうけどね。