毎年、というよりも1年365日と言った方が良いのではないか?と思えるほどで、こんなWikiのページが作られているほど。
最近はようやく染井吉野が韓国原生ではないことが科学的に証明されてしまったせいで、その亜種である海外にある染井吉野は韓国から持ち出したみたいな珍説まで述べるメディアまであったようですが、以前の狂騒曲のような騒ぎが収まったと思ったら、今度はまたぞろ茶の湯だの万葉集だの。
いつもの楽韓Webさんではないですが、原文が韓国語なので訳してあるサイトから引っ張ってきます。
千利休は韓国人だったと言い出したかと思えば韓国と中国と日本茶文化の根幹は韓国と言い出す。これがつい1か月もしない間に連荘ででてくることのおぞましさよ。
ちなみに、韓国版ムーの記事ではありません。
日本のムーも大概でしたが、まああれは趣味・オタクネタの引き受け手みたいなところがありましたが、これらの記事を書いたのは韓国のインタビュー365とか全国毎日新聞といった、いちおうはまともなメディアっぽい体裁をとっているところです。
韓国の茶道に関して言えば、こちらに記載されているように自分たちの手で茶の文化を滅ぼしてしまったわけで、それが500年も続いた結果、茶の文化なんか根絶してたんだから日帝もへったくれもない。
朝鮮半島では、高麗時代までは茶文化がある程度普及して隆盛していたが、朝鮮王朝になると儒教を国教としたため、仏教文化である茶文化は仏教の禁圧と共に壊滅した。
また、こんな状態で「韓国・中国・日本の茶の文化の根幹は韓国」って、どういう超時空要塞を利用したらこんなトンデモなことが言えるのか、あきれるしかない。
千利休にいたっては、ちょっとはググれとしか。
茶の文化についての専門家としてモノを言うなら、それぐらいしておけと以外コメントがない。
と思ってたら、今度はまたぞろ万葉集だそうですわ。
こちらはお馴染みの楽韓Webさんから。
コメントにもいっぱい書かれていますが、このネタは30年ぐらい前から李寧煕、朴炳植、藤村由香らが主張して話題になっていました。
彼ら以外にも、万葉集どころか世界中のすべての言語は韓国語から生まれたとか言い出す人もいて、そこで上げていた事例が「cell」は「韓国語の室(シル)」から派生したものとか言い出した人がいた。
これはうちでは記事にしてなかったかもしれない。私が韓国にいたときだったか、そのあとだったかも覚えてないけれども、それを根拠に世界中の言葉は韓国語から生まれたと主張するとは、チャレンジにもほどがあるな?と思って読んだ記憶がある。
多くの日本の国語学者が批判しているように、またAmazonの書評でも書かれているように、古代日本語で書かれた万葉集の意味が分からない部分が韓国語で読めると主張するためには、次の二つが不可欠。
ー上代・中古時代の日本語と古代朝鮮語の関係が明確になっていること
ー古代朝鮮語と現代韓国語の関係が明確になっていること
この二つが明らかになっていないのに、現在の韓国人が万葉集は韓国語やら郷歌の創作法で読み解けると言われても説得力はない。
楽韓Webさんも書いているように、サンプルが少ないなら何でも言えるという通りで、上述した「Cell」は「韓国語の室」が原型だ、みたいなことだって言えちゃう。
例の「韓国の万能壁画に示されている通り」、みたいな説明と一緒でそれは何も言っていないのと同じ。
実は、李寧煕氏の説については東京外語大学総合国際学研究院の趙義成准教授が言語学に基づいて『もう一つの万葉集』を徹底的に意味がないと批判している。
こちらの記事に記載されている通り、中世の韓国語の母音「ア」には二種類あったのは割と良くしられていて、「」と「ヽ」がありました。
カタカナの「ト」のような母音「」は現在でもつかわれています。
一方、それとは異なる、消滅した母音の「ア」=「ヽ」は、子音字の下(アレ)に点がついただけのように表示され、「 g@d」のように記載されていました。
このため、こちらの「ア」と特に「アレア」(下のア)と呼んでいて、そういった中世韓国語も表記できるハングルワープロソフトとして、アレアハングルが出されていて、実は日本でも一時、販売されていました。
ご覧の通り、今ではAmazonでは取扱いはありませんが、高電社では販売しているようです。
韓国語で国民的に認知されている最新版ワープロソフト「アレアハングル」との表記が見えますね。
閑話休題。
この李准教授は名前から想像されるように在日の方で、厳密な言語学を学び、以下で公開しているように学問的な正確さを叩き込まれているので、思いつきで現代韓国語と上代・中古日本語を比較して「わかった!」などと安易な発言には全く与していない。
自分たちの同胞のこういった研究・批判すら、ググれば簡単に見つかる時代。趙准教授がいみじくも次のように語っている。
このように、古代朝鮮語のまじめな解読は、涙が出るくらいに辛く、分からないことだらけである。古代朝鮮語の姿を知りたいのは朝鮮語学者も同じで、もうウズウズしているくらいである。もし、「本物」があったら、朝鮮語学者だって真っ先に飛びつくだろうし、解明した人は勲章ものである。だが、一連の「解読」なるもので勲章をもらった人の話はいまだかつて聞いたことがない。そのわけは、このページと「古代日本語いんちき解釈の一例」のページを見比べれば、おのずと答えが出るというものである。
私は韓国文化を人に伝えるほど研究していないので、楽韓Webさんのように、なぜ韓国では万葉集は韓国語由来とか韓国語で読めると言いたがるのかの分析はしませんが、それでもこれだけは書いておきましょうかね。
自分たちが茶の文化を滅ぼし、中世以前の朝鮮語の文献を保存していなかったからと言って、人の家に残されていた文化は、「俺たちのもの」というのはやめていただけませんかね?